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<<   作成日時 : 2008/05/20 16:48   >>

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男系天皇絶対論の危険性―女系容認こそ日本文明だ―(主権回復を目指す会)

 皇統護持のお仲間が、酒井信彦氏の女系容認論に噛み付いておられました。この論文については、これが「諸君!」に掲載された頃、私も読んだことがあります。とは言っても「諸君!」で読んだのではなく、或るブログに全文が掲載されていたのを読みました。

 お仲間は不快感を抱かれたそうですが、当時の私も不快感を抱き、それが我慢できずに反論のコメントを書いていました。お仲間と同じ不快感かどうかはわかりませんが…。それに論議が盛んな時でしたから、チャンと(?)反論しとかなければ…、という焦りみたいなものもありましたから。

 全文が掲載されていたブログはこちら(↓)です。

男系絶対主義はシナ文明、女系容認が日本文明/日本とシナ・朝鮮では親族構造が異なる/シナ・朝鮮では同姓不婚 妻は夫の姓を名乗れない つまり男系絶対主義/男系絶対主義を神聖化することによる危険性(マスコミ情報操作撃退作戦)

 お仲間がこの論文を取り上げられたことで、再び不快感と言いましょうか、怒りのようなものがこみ上げてきましたので、昔のコメントをここに転載しておこうと思います。今から思うと、あの時は熱い情熱に駆られてザザザーっと書いてしまい、相手の表層的な理屈に乗っかってしまったような感はありますが…。

 それと、こちらの管理人様は新しいブログに乗り換えられ、今ではこのブログは停止となっています。自分で書いた文章が、人様の都合で消えてしまうかもしれません。そこで個人的な「記録」という意味も込めまして、こちらに転載しておきます。

-----前略(管理人様へのご挨拶など)-----

 神武天皇のご存在への疑問については、拙文「歴史と神話」「科学と啓蒙」をTBさせて頂きましたので、よろしければそちらをご覧下さい。

 Y染色体論については、「科学だから信じる」逆に言うと「科学的でないから信じない」っという科学万能信者に対して、方便として有効だと思っています。それが「そんな昔から科学を感じていたんだぁ…」ってな具合に「神秘」を感じ、先祖や皇室に対して尊崇の念を抱くようになればメッケモノ。それが、「神話と信仰」などの文化や國體に気付くキッカケになってくれるのではないかと期待しています。(深く突っ込まれると危うい論だとは思いますが…)

 世界遺産については、これを主張する者は「重要なものだ」と言いたいだけなのでしょうが、私も違和感を感じます。「天皇」は、ピラミッドやギリシャ神殿のような、文化を継承する者のいない死んでしまった「遺産」ではないし、何かを後世に伝えようというものでもありません。私達と共に生きている伝統・文化の根源なのです(天皇は生きている人間って意味ではありません)。

 掲載文では、シナ・朝鮮と日本の継承方法と比較し、普通の日本国民のそれにも言及しておられます。比較するということは、文化を知る為の良い方法だとは思いますが、何故、東アジアに限定しているのでしょう。確かに日本は影響を受けていて、そのまま取り入れた部分や変形して受け入れた部分、拒否した部分など、それらを分析することは良いことでしょう。しかし全く関係ないってことで、西洋や全世界と比較しても良いはずです。山本七平氏はよくセム・ハム語族と比較して、日本人論を書いています。

 確かにシナ・朝鮮は完全な血縁社会で、日本はそうではありません。しかし、かといって日本は、地縁社会でもありません。婿養子を取った場合、婿は姓を替え、血縁を擬製しています。全くの無規範ではありません。これを私の尊敬する山本七平氏は、「血縁イデオロギー」と言っています。であるならば、正式・正統・正当、平たく言えば「お手本」として、皇室は男系継承でなければならないのではないかと思っています。それなら「日本文明の核心」と言ってもおかしくないでしょう。
 そもそもシナ・朝鮮と比較するにしても、天皇家には「氏」はありません。「氏」は天皇から賜るもので、庶民は明治までありませんでした。又、結婚形態も時代や身分によって違っていました。「氏」が単純に血縁社会を表したものかどうかも考える必要がありそうです。
 シナ・朝鮮と比較して「女系容認が日本の文明」と結論づけていますが、私には上記の理由から、皮相な見方に思えます。又、普通の日本国民と皇室の継承方法が同じでなければならない理由も、「日本全体としての文明を考える場合」とするだけでは全く不明瞭です。国民と皇室が違っていても「これが日本文化だ」とも言えますし、私のように擬製する為のお手本という考え方もありえます。これでは「女系容認」と言いたいだけのように聞こえます。

 孔子を出してきて、シナ・朝鮮の「家系の長さ」や「男系継承の純粋性」と比較して何になるのでしょう。比較するのは己の文化を知る為で、優劣を付ける為ではありません。日本人のアイデンティティとして考えるべきです。「シナ・朝鮮をひたすら崇め奉り」などとあっては、煽っているようにも思えて、ひょっとして今流行の「嫌中・嫌韓」を利用して皆を誘導しようとしているのではないかと勘ぐってしまいます。
 優劣で言うなら、そもそも皇統と孔子の家系を比較すること自体、よく理解できません。「男系継承」のみで考えていて、皇統が神話につながっていることを無視しています。日本人は皇統を神聖視しており、孔子の家系など何とも思っていません。いくら孔子の家系が長く続いていたとしても、別に孔子王朝が長く続いたわけでなく、「フ〜ン」って感じです。
 全体的に見て、男系維持派を何だか誤解しているような気がします。男系継承だけではなく、その前提として、神話につながっていること、そして今尚続いていて、私達が天皇を戴いていることがあります。その前提を一切無視した意見のように思えます。

 男系維持派が女性天皇に反対なのは、女系天皇に移行してしまう危険性が高いからです。それがなければ女性天皇に反対の人はあまりいません。女性のハンデの問題も、十代八方も女性天皇がおられるのですから、男系・女系の問題とは別次元の問題として、解決されると思います。

 「男系男子の天皇を頂き乍ら今日の体たらく」を問題にして、皇室典範改定問題を二の次三の次の問題としておられますが、私は逆の認識です。確かに現在は「間抜け・腑抜け・腰抜けの三抜けの日本人」と言われてもしょうがないかと思いますが、しかし日本人である以上、挽回は可能です。しかし日本人でなくなっては「間抜け・腑抜け・腰抜けの三抜けの人」となってしまい、挽回するにもその大元がなくなってしまいます。

 「(皇室は)神代に繋がっているのだという漠然とした感覚こそが、極めて大切なもの」と言うわりに、自説を述べたり反論する時には「唯物論モドキ」で、私はこういった「唯物論モドキ」の考え方はあまり好きではありません(好き嫌いを言っては議論になりませんが…)。「天皇」について議論する時、大脳皮質の表面でななく、裏側(より心に近い部分)に響く議論が必要だと思っています。生きた伝統・文化であり、私達はそれを継承しているのですから…。
Posted by カァ at 2006年08月03日 22:58
文中の「氏」については、「氏」と「姓」が錯綜しておりまして、適正ではないかもしれませんが、その辺はスルーでお願いします。

 エ〜、酒井信彦氏の論文に対しては、なぜ不快感を感じるのかについて、少し書きたいのですが、今日はこれから竹田恒泰氏の講演を聴きに行きますので時間がありません。帰ったら…と言いますか、時間が取れた時にでも続きを書きます。それと講演レポも。

では。

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