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<チベット>政府の事件鎮圧、国民の7割が支持=調査結果から―中国(レコードチャイナ) 質問が「チベットのラサで一部の人が起こした暴動をどう見ているか」とのことなので、どうも私達とは前提が違うようです。先進国ではチベット民衆の不満の爆発と見ています。「一部の人」とは捉えていません。 だからでしょう、mixiの日記を辿ってみると、この記事に対しては「支那政府の洗脳の賜物」といった意見が多いようです。中には「漢民族が教化しなければならない」という傲慢な中華思想を問題にされている方もおられました。 私の感想としては、「中華思想」ってのに近いのかもしれませんが、何だかチベット人を領土と同じで、「所有物」としか見ていないような気がしました。この記事からは、チベット人に対して同じ国民としての同朋意識・仲間意識を感じないのです。 もし我国で琉球民族やアイヌ民族が民族自決を唱え、独立を主張してきたら、果たして「国家を分裂させる行為だ」などと言うでしょうか。「独立」とは元々「国家を分裂させる行為」なのですから、そんなことが問題になるはずがありません。それを問題にしたら、力でねじ伏せる以外にはなくなってしまいます。 やはり「なぜ分かれたいか」が問題のはずです。大和民族である私からすると、同じ日本民族じゃないかと、仲間であることを説得材料に考えます。ですから沖縄戦での「集団自決問題」の時でも、大田中将の「県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」を取り上げたくなるのです。共に戦ったではないかと。 支那は56もの民族からなる他民族国家だそうで、我国とは事情が違うのでしょう。でも国民国家とは、そこの国民が「自分はこの国の国民だ」という帰属意識を持ってはじめて成り立つものです。昔は重税などで政治が悪いと、人民はとっとと別の国へ逃げていたそうです。国家を運命共同体とは感じなかったということです。 結局のところ漢民族は、チベットを力で勝ち取った土地、「元々中国のもの」という主張も、「昔からの植民地」という意識でしかないのでしょう。ここから読み取れるのは、支那は国民国家ではない、近代国家ではない、ということですね。 ←"人気blogランキング"に参加しています。我国の場合、国家か民族か、どちらに帰属意識があるのでしょう。一応、邪馬台国の卑弥呼とか神武天皇の橿原宮造営の詔から、おそらく民族への帰属意識だろうと思い、「日本民族」という言葉を使いました。少なくとも近代国家としての国民意識ではないでしょう。 その辺のところを書き出すと面倒なので、今回は止めておきます。 日本民族と日本国国民、微妙ですね。 |
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「世界最低の国、日本」−mixi日記より
ある人のmixi日記から転載させていただきました。日記の主さまも是非この様子を転載して広めてくださいとありましたので、心して転載させて&... ...続きを見る |
平成更級日記 2008/04/27 22:46 |
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オリンピックが中国分裂を加速する |
yutakarlson URL 2008/04/07 13:20 |
こんにちは、yutakarlsonさん。 |
カァ 2008/04/08 11:10 |
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北方領土の日
Takeshima is Japanese Territory.