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以前に書いた「歴史的所産」という記事に、或る方からコメントを頂きました。戦後の皇室を取り巻く環境、宮内庁やマスコミ報道、それに皇太子妃殿下へのバッシングなどを憂えておられます。 この方への返事を書いていたのですが、コメント欄では少し長すぎますし、この方だけではなく、多くの方に読んで頂きたいと思う内容になってきましたので、新しく記事を起こして、この方への返事を兼ねさせて頂くことにしました。 ◇ 最近、山本七平氏の「現人神の創作者たち」を読んだのですが、水戸学では凄く天皇を批判しているそうです。「皇国史観」と言うくらいですから、私はテッキリ「天皇賛美」ばかりだと思っていました。 これは支那の朱子学の影響で、その「正統論」から、天皇を国家の正統とするところが原点です。とは言っても、王朝がコロコロ代わる支那と万世一系の我国では事情が違い、朱子学では説明が付かないところが出てきます。それが「易姓革命」です。 易姓革命とは孟子の説で、天の意思が民心に現れ、民心の離れた失徳の皇帝は放逐され、民心が集まる有徳の皇帝に王朝が移るという考えです。水戸学では、天の意思が民心に現れるところまでは納得できても、だからと言って天皇を放伐しても良いとする王朝交代までは納得できないとして、易姓革命を否定しました。 だからこそ天皇には「徳」が大事で、政権が朝廷から幕府に移り、民心が乱れたのも、その失徳に原因があるとして、特に建武の中興の後醍醐帝などはケチョンケチョンです。 そう言えば、乃木大将は殉死する前日、まだ10歳であらせられた裕仁親王殿下に、自ら写本した山鹿素行の「中朝事実」と、水戸学の大日本史編纂に携わった三宅観瀾の「中興鑑言」を渡し、この本がいかに素晴らしいかを説き、熟読するよう念押ししたそうです。 昭和帝は晩年まで、尊敬する人物として乃木大将を挙げておられたそうですから、きっとこれらの本をシッカリと読まれ、天皇にとって「徳」が如何に大事かを認識され、徳を積んでこられたのだと思います。だから敗戦と言う、我国始まって以来の国難に、シッカリと対処して頂けたのではないでしょうか。 ◇ さて、戦後になると戦前は否定され、天皇の「正統(皇統)」というものが意識されなくなってきました。そこから畏怖の念が無くなってきたのだと思います。なのに天皇に「徳」を求めるところは無意識のうちに引き摺っているようです。ただ戦後は儒教的な「徳」ではなく、「良き家庭の模範」とか「マイホーム・パパ」となってしまっているようですが…。 皇太子妃殿下に関するマスコミ報道の背景には、こんなところがあるのではないかと思っています。 …と、納得しているだけではダメですね。やはり今の状態は間違っています。かと言って戦前や江戸時代に戻すことはできませんし、すべきでもありません。やはり私達で、伝統を踏まえた正しい天皇像と言いましょうか、天皇観を再確認し、確立していかなければならない、ということでしょう。 ←"人気blogランキング"に参加しています。因みに私の思想は、どうも尊王思想の系譜ではなさそうです。確かに影響を受けてはいると思うのですが、どちらかというと、朱子学の影響を受ける前、鎌倉時代の執権・北条泰時の方に、より強く共感してしまいます。要は、より原始的な土着民の尊王ってことですかね。 |
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北方領土の日
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