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<<   作成日時 : 2008/03/09 06:33   >>

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天皇、皇后両陛下:自治体消防制度60年式典に出席3月7日 11時56分 毎日jp

 この記事からmixiで日記を辿ってみると、こんな何気ない皇室報道にまで噛み付く人がいました。皇室に関するヤフーの掲示板を見ても、戦後の民主主義と言いましょうか、人権思想と言いましょうか、そんな風潮に毒された方が多いようです。

 こういった方々は、「人権」とか「平等」を根拠にしているようですが、ではその「人権」とか「平等」について、どれほど思索に耽ったことがあるのでしょう。大変に疑問です。

 偶に聞く「人権を考える」などにしても、それは、個別の事件ならば、侵害を受けた人を如何に救うか、そして加害者側を如何に糾弾するか、という意味のようです。抽象的に捉えても、人権思想を如何に啓蒙し、定着させるか、という意味でしょう。少なくとも「そもそも『人権』とは何ぞや」を考えることではなさそうです。

 私からすると、憲法を憲法典ではなく教典とし、安易に現代流行の思想に阿っているだけで、「真理の探究」と言いましょうか、そういった哲学することが足りていない者達に見えてしまいます。私は多くを勉強している訳ではありませんし、読書家でもありませんが、一応若い頃から、バカはバカなりに色々な妄想に耽ってきました。

   ◇

 例えば「自由・平等」についてです。

 人はよく「自由」を根拠に様々な権利を訴えます。ではその自由を究極まで推し進めた世界とはどんな世界なのでしょうか、想像してみて下さい。私としては、自然法則、例えば万有引力のようなものにしか拘束されない状態で、そこに自分ひとりしかいない世界が、完全に自由な世界ではないかと思います。

 他の人間がいて初めて、それとの対比の上で「自分」を意識するのですから、こんな世界では「自分」なんてありません。戦後重要視される「個性」なども、「自分」がなければ「個性」なんて最初から問題になりません。

 とは言っても、こんな現実離れした世界なんてありえませんね。実際には多くの人間がいます。ということは、他人との間には、自由を拘束するルールが必要ですから、完全なる自由なんて存在しえない、ということです。

 ではそんな中で、究極まで自由を求めるとどうなるか、各人の自由の衝突などが言われますが、私としては、言語の無い世界を想像してしまいます。言語とは、人間の発する声に意味づけし、それを或るルールで規定したものです。ルールに従わなければ、謂わば自由を放棄しなければ言葉も話せないのです。

 そんなことを考えてみると、結局「自由」なんてのは、他の人間がいて初めて自己を認識できるのと同じ様に、規制があって初めて生まれる言葉ではないか、何でも反対の昔の社会党・現在の民主党のアンチ自民と同じで、「アンチ規制」だけで、「自由」自体に意味は無いのではないか、と思えてきます。

   ◇

 次に「平等」について妄想してみます。

 人間は生まれてくる時、両親を選べません。また生まれる時代も選べません。謂わば選択の自由はないのです。当然、親の収入や思想などの環境も選べませんから、平等であるはずがありません。それに私は若い頃、女性にモテなくて随分と苦い思いをしましたが、容姿だって美醜があり、平等ではありません。

 結局のところ「自由」や「平等」というものは、或る一定のルールの下でしか機能し得ない下位の思想であって、それ自体が絶対的な価値がある訳ではないということです。

   ◇

 「人権」についても同じ様な感覚でいます。そもそも「人が生まれながらにして持っている権利」などと聞きますが、そう言える根拠は何なのでしょう。キリスト教徒ならば神授説でしょうか。それとも日本的に「天を父、地を母とし、その間に生まれた」という自然生成説でしょうか。未だに合理的に説明できないそうですから、宗教と同レベルで、信じているだけです。

 私としては、「人権」とは、人としてのルールによって認められた権利ではないかと思っています。「人としてのルール」とは「人道」のことです。「人道」によって認められた権利、ですから「人権」自体に絶対的価値があるのではなく、その基となる「人道」の方が絶対なのです。

 その「人としてのルール」人道というものは、江戸初期で仏教が支配的だった頃には「仏性」、江戸中期で儒教が強くなれば「本心」、そして現在では「人間性」と言われるものを基に考えられてきました。これらは人間が生まれながらに持っているとされ、謂わば動物が自然の中で生きていく為の本能と同じで、人間社会の中で生きていく為の本能といったものです。…やはり私は日本人。自然生成説です。

 ですから「人が生まれながらにして持っている権利」というのにも違和感はありませんが、しかしこういった妄想を経ていない方々が言い出すと、「人権」自体が絶対となってしまい、その根拠である「人間社会の中で生きていく為の本能」まで無視してしまうから心配になります。

   ◇

 若い頃からこんな妄想ばかりしていました。妄想が先走りすぎて勉強が追いついていないので、その戒めの意味を込めて、ブログ名を「思うて学ばざれば則ち殆し」にしています。

 こんな私からすると、「天皇制」に反対している方々の思想は、輪廻転生に似ているような気がします。

 輪廻転生とは、「現在の自分の存在は、前世の行いの結果であり、又、現世での行いによって来世に責任を負う」という考え方で、現在のイランあたりで生まれた、世界最古の個人主義思想だそうです。それまでは、親から子、子から孫というつながりの中でしか個人を考えていませんでした。逆に言うと、「前世・現世・来世」というのは、親から子、子から孫といった時間・歴史の概念がない思想です。

 彼等にはこの「歴史の概念」が欠落しているように見え、似ていると思ってしますのです。私は自分の考えを「ある文化圏のある時代のある考え方」として把握しようとしていますので、「自分が生まれ変わったら何になりたい?」と聞かれても違和感なく、素直に答えられます。輪廻転生を感じてしまう自分を客観的に見ることができるからです。

 却って彼等は、「生まれ変わるなんて非科学的なことがある訳が無い!」などと言い出すかもしれません。でも、自分の考えを歴史的に把握することができず、いつの時代のどの場所でも通用する、普遍的な考え方と思い込んでいますから、歴史の概念が無いところは同じです。

   ◇

 日本語に限らず言語というものは、英会話スクールや日本語学校のように、個人の意思で勉強するのは別として、基本的に先祖から受け継ぐものです。ひとりで勝手に日本語を話し出した訳ではないでしょう。人権にしても、その基となる人道は、道徳として受け継いだものから生まれました。これらは全て歴史的所産です。輪廻転生の感覚もです。

 当然、「天皇制」も歴史的所産です。そんな認識も無くただ単に「人権」だとか「平等」などを絶対的価値として振り回しても、自分の思慮の浅さを晒すだけです。せめて天皇の御存在が、日本という共同体にとってどの様な意味を持ってきたのか、その歴史についての議論くらいしてからにしてもらえないでしょうか。

   ◇

 そもそも日本国が存在するのは、神武天皇が建国されたからです。「日本」という国号はズ〜ッと後になってからだ、などというトンチンカンなお説もあるようですが、現在につながる共同体を打ち立てられたことが重要で、その呼び名がどうかなんてのは二の次三の次の問題です。

 「それは神話であって歴史的事実ではない!」、とも言われそうですが、それについては「歴史と神話」とか「科学と啓蒙」という記事で書きましたので、そちらをお読み下さい。少なくとも、現在の日本国につながる共同体を打ち立てられた方が存在し、その御子孫が陛下であることには変わりありません。こんなことを書くと、継体天皇とか大室寅之祐を持ち出してきそうですが…。

 と言うように、私には「天皇」に対して崇敬の念があります。ですから「不敬だぞ!」と言いたいのですが、おそらく彼等には通じないでしょう。それと同じ様に、彼等が私に「人権意識が足りない!」などと言って来ても通じません。

 私としては、自分の考えの正当性を訴える為に、そして彼等を含め、より多くの方に天皇の御存在が、如何に日本という共同体にとって重要かをわかって頂く為に、喧嘩するのではなく、相手にわかる言葉で説明していきたいと思っています。

 その為にはまず、自分自身の感覚をより深く理解することが必要になります。

 と言うことで、私は「皇統の未来を守るオフ」に参加しています。今月の20日にも大阪で講読会が開かれます。現在、それに参加出来るように仕事上で裏工作中なのですが、興味を持たれた方は、是非ともご参加下さい。

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尊王思想の呪縛
 以前に書いた「歴史的所産」という記事に、或る方からコメントを頂きました。戦後の皇室を取り巻く環境、宮内庁やマスコミ報道、それに皇太子妃殿下へのバッシングなどを憂えておられます。 ...続きを見る
思うて学ばざれば則ち殆し
2008/03/19 04:31

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コメント(14件)

内 容 ニックネーム/日時
おっしゃることにいちいち同感です。
人間生まれてから平等なんてありえません。どんな場合においても子が親と対等なんてありえないし、過去と現在が同じ、なんてこともありえません。
「日本」と「天皇」の関係で思い出したことがありますが、「天皇」という御存在を失えば「日本」は日本でなくなってしまいます。なぜなら日本とはおっしゃるとおり神武天皇が建国された国であり、我々国民が前支配者を倒して興した国ではありません。神武創業に立ち返って考えてみれば答えは簡単。天皇という存在を失った時点で私たちは「日本」国の国民でなくなる、と思います。そのところをよく考えておかなければ「天皇制」を語ることは難しいのではないかと思います。
かついち
2008/03/09 21:43
こんにちは、かついちさん。
そうですよね。
何だかこのままでは「日本民主主義人民共和国」になっちゃいそうです。
カァ
2008/03/10 13:52
複雑な気持ちです。日本国を代表する天皇家が、「人間」として生きていくことが難しいようだからです。“天皇”であること…その“神秘性”は、昭和の時代まで保たれていました。
それゆえに…なおのこと、戦後、「人間天皇宣言」されて、なお、陛下が“ごく当たり前の人間”であることで起こる家庭内の様々なごく一般的な出来事ですら、スキャンダラスに報じられる現在がとても悲しいです。

昨日、夢を見ました。昭和天皇が、若かりし頃イギリスを訪問した時に、村人全員が家族のようであった…そして、昭和天皇は「家族」をより望まれた…。昭和天皇は、宮内庁が、大きな「家族」のようになることを望まれていたんじゃないか…という夢でした。(まぁ、結論が。夢の内容は、陛下が、村で楽しく過ごしている様子でした。)

じぇな
2008/03/18 12:05
昭和の初期の時代、陛下の御声を拝聴する事すら叶わなかったのです。ましてやプライベートなど…。それが、美智子皇后が嫁がれてからというもの…人々は皇室の方々の私生活を知りたがりました。しかし、それでもあの時代は、まだ、「プライバシー」が保たれていたように思うのです。そして信頼できる侍従や女官が数多くいた。身命を賭して、お仕えする人々が。

今もそれは変らないかもしれません。…が、事実が正しく報道されず、歪曲して報道する…。これは、人の心をとても傷つけます。

皇太子様は、陛下とケンカをなさった事があるのでしょうか?親子ケンカくらいしてもいいと思うのですが…。私には、皇太子様という方が、とても不憫に思えます。

と、言うのも…皇太子様は生まれた時から“皇太子徳仁”として生きてきたからです。ただの“徳仁親王”でなく…。陛下は、どうも皇太子様には、下の秋篠宮様や紀宮様とは違う接し方になってしまっていたように思われるのです。(大きなお世話なんですが…)それは、ただの“息子”でなく、どうしても“皇太子”として見なければならない宿命だったからです。
じぇな
2008/03/18 12:12
それが、皇太子様の今の家庭生活に大きく反映していると思います。愛子様のご教育面や他の面で、おおらかにお育てになっている所が、ご自身の過去において、大きな宿命の中で非常に孤独で窮屈だったからではないだろうか?と。

また、何事も夫婦で取り組む姿勢や、妻を見守る姿勢…皇太子様が求めていた家族像は、皮肉にも皇太子だったがゆえに、味わった孤独から生まれたものように思えます。(何度も言いますが大きなお世話なのですが…(笑))陛下は、一父親にはなれなかったのではないかと…思います。皇太子様に対しては…。悲しいことですが。だから、殿下は、幼い頃よりそれを敏感に感じていたのではないかと思います。

じぇな
2008/03/18 12:27
陛下と殿下は直接、電話で予定を確認しあったりできないと聞きます。それゆえに、行き違いが多く生じるのでしょう。私は、宮内庁長官や侍従は、陛下の「よい愚痴聞き役&補佐役」であるべきだと思います。陛下だって人間ですから、怒ったり悲しんだりします。それを公にする必要が、どうしてあるのかわかりません。
マスコミが、そうした事を噂するのとは訳が違います。宮内庁長官が「公」にするのですから。そこら辺を考えて欲しかったです。
そして、宮内庁長官は、陛下だけの事を考えるべきなのか、「皇室全体の利益」を考えるべきなのか…よく考えて欲しかったです。
陛下自身、ご自身の発言内容が、違った解釈をされて不安になられた…とおっしゃっているのに…なぜ、あの発言なのか…。なぜ、雅子様のことを考えないのか…次代の皇室を担う人がそんなに信用できないなら、それは両陛下に対して、「皇太子様の育て方は失敗だった」と言っているように取る事もできます。(悪く取ればですよ。)今、この危機に対して、宮内庁長官として、皇室の未来をかけて何が出来るか…よく考えて欲しかったです。
じぇな
2008/03/18 12:27
週刊誌のような偏った考えだとわかっています。しかし、私は、同じように精神疾患に苦しむ雅子妃をどうしてもかばいたくなってしまうんです。そこのところをご了承ください。
m(__)m
じぇな
2008/03/18 12:28
 おはようございます、じぇなさん。相変わらずじぇなさんのコメントからは熱いものが伝わってきます。

 返事を書いていたら、そこそこ長い文章になってしまいまして、それと、じぇなさんだけではなく、もっと多くの方に読んでもらいたい、という邪心が湧いてきまして、新しい記事として起こし、返事とさせて頂きました。宜しければそちらをご覧下さい。「尊王思想の呪縛」という記事です。

 じぇなさんのところには、何かと煩い訪問者が来られるそうですから、マズければその旨をご連絡下さい。スグに削除します。
カァ
2008/03/19 05:11
ひぇーーーっ!Σ(- -ノ)ノ エェ!?
ありがとうございます。私なんかの発言にこんなに真剣に耳を傾けていただいて…。
リンクを張っていないので、大丈夫だと思います。
じぇな
2008/03/19 15:26
こんばんは、じぇなさん。
もし何かあって、削除した方が良いと思われたら、遠慮なくご連絡くださいね。スグに削除しますから。
カァ
2008/03/19 17:39
じぇなさんのコメント、私も真摯に読ませていただきました。皇族としてお生まれになり、ゆくゆくは次期天皇となられる方ゆえの境遇であるなら、それも受け止めなくてはいけない重くつらいお立場ですね。でも、天皇家の方々はもちろんのこと、皇室に嫁がれた皇后陛下はじめ民間ご出身のお妃は皇族としての責任と自覚をお持ちになっているので、そうした辛い現実から逃げずに頑張っておられるのだと私は思います。
かついち
2008/03/22 09:18
私は週刊誌の記事は信用しないし、したくもないのですが、やはりどのように書いているのか気になるのでよく立ち読みします(笑)本当にいろいろな見方がされていてどれがどうと簡単に評価ができるものではないのですが、やはり皇室のことをよく知らない中で好き放題書いているなという印象は強く持ちます。本当にこの記事を書いている人は皇室をちゃんと見ているのか、と言いたくなるようなことも書いてあったりしますよね。
かついち
2008/03/22 09:23
じぇなさんのコメントの中で雅子妃殿下のことがありましたが、私も同感です。決して妃殿下はおさぼりになりたいために公務を休まれているわけでもなければ、祭祀がお嫌いだからドタキャンするのでもありません。そこのところがきちんと報道されないから、あらぬ誤解を与えてしまうのでしょう。伝えるべきところはきちんと伝えなければ、妃殿下に対するイメージどころか皇室全体のイメージにもマイナスでしかありません。その最大の責任は皇室をお守りするはずの宮内庁にあると考えます。
かついち
2008/03/22 09:26
こんにちは、かついちさん。返事が遅れて申し訳ありません。
私は週刊誌をあまり読まないので、皇太子妃殿下について、どの様に書かれているのかを知りません。
「来日中の○○大統領とお会いになり、両国友好の為に××と仰った」なんて話ではなく、どうせ「誰々と誰々は仲が悪い」とかいうような、芸能ネタと同じレベルとしか思えず、気分が悪くなるので見ないようにしています。
何ともはや…。
カァ
2008/03/25 11:13

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