|
今月の11日は建国記念の日でした。このブログを始めてこの日を向かえたのは3度目です。随分と時期を逸してしまいましたが、一応、毎回この日については何某かを書いてきましたので、今回も何かを残しておきます。 【正論】小堀桂一郎 目下の国難と「明治の初心」(iza:産経新聞社)02/11 05:55 「国の紀元開始を記念するといふ発想は、江戸時代までの伝統的な宮廷の節会にも、武家社会の慣例にも、民間の歳時記的年中行事の中にも全くなかつた事である」 小堀氏のこの着眼点は一昨年の拙文と同じで、何となく嬉しくなってしまうのですが、しかしそれを一足飛びに嫌支・嫌韓に結び付けてしまうのはどうかと思います。「紀元節は国難に対処する為に生まれ、そして紀元節を祝うことで現在の国難に対処する気概を持とう!」という趣旨のようですが、どうもこれでは紀元節が薄っぺらなものになってしまうような気がします。 国難かどうかは別にして、他国と対峙した時、その時初めて自国と他国の違いに気が付き、相手との比較によって自国を自覚し、知識化できるのです。そもそも「国の紀元開始を記念するといふ発想」が無かったところに、他国と対峙することによって影響を受け、その発想で「日本国とは何ぞや」を知識化したのが紀元節です。 確かに紀元節が制定された頃は国難だったでしょう。ですからアイデンティティの強化という意味での「国民の団結」も必要だったでしょうし、国際社会に対して、列強の発想に則って我国の正統性を説明するという意味での「主権尊厳」も重要だったでしょう。しかしそれらは数々ある効能の一部でしかありません。 やはり紀元節や建国記念の日の根本は、「日本国とは何ぞや」を知識化したことでしょう。祝日法によると「建国をしのび、国を愛する心を養う」為の祝日だそうですが、これは取りも直さず「自分が日本人であることを意識する日」ということです。ここが重要なのです。 このアイデンティティが無ければ「同じ日本人」という仲間意識も生まれず、自分達の社会を良くしていこうという意識もなくなります。「他人は他人、自分は自分」ばかりでは、社会に蔓延る不正義を糾弾することもなくなってしまいます。 嫌支・嫌韓も結構ですが、「自分が日本人であることを意識する日」という点だけは、しっかりと押さえておきたいですね。 ←"人気blogランキング"に参加しています。私は支那・朝鮮が嫌いです。しかしそれ以上に、彼等や米国にヘーコラする我国の政府や国会議員に苛立ちを覚えます。とは言え論評は「建国記念の日」についてなのですから、いくら言い尽くしたとは言っても、もう少し皇統について取り上げて欲しかったなぁ。「日本国とは何ぞや」の日なのですから。 |
| << 前記事(2008/02/10) | トップへ | 後記事(2008/02/22)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
諸外国では独立記念日を祝うのが一般的で |
愛宕稲小出 2008/02/20 15:10 |
こんにちは、愛宕稲小出さん。 |
カァ 2008/02/21 13:02 |
民主党 白真勲の仲間 |
民主党やばすぎ 2008/02/26 20:52 |
こんばんは、民主党やばすぎさん。返事が遅くなって申し訳ありません。 |
カァ 2008/02/28 01:16 |
| << 前記事(2008/02/10) | トップへ | 後記事(2008/02/22)>> |
北方領土の日
Takeshima is Japanese Territory.