思うて学ばざれば則ち殆し

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help リーダーに追加 RSS 私の涙

<<   作成日時 : 2008/01/18 02:16   >>

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発信箱:確かな記憶=磯崎由美(生活報道センター)(毎日jp)

 福井県敦賀市の敦賀温泉病院。外来の診察が終わると、玉井顯(あきら)院長(53)は認知症のお年寄りと徘徊(はいかい)を始める。

-----中略-----

 玉井院長の話で興味深かったのは、それぞれが家までの目印を持っていることだ。ある人は森。ある人はスナックの看板。いつも同じ所で迷う人がいた。近くの寺で話を聞くと、昔あった近道がなくなったのだと分かった。

-----中略-----

 ある入所施設で、毎朝8時半になると移動式トイレに手を突っ込みかき回す女性がいた。スタッフは家族に女性の生い立ちを尋ねた。「苦労が多く、小さいころから弟妹のために台所に立っていた」と聞いて、気づいた。女性には移動式トイレが釜に見えていたのだ。

 朝が来たら米をとぐ女性の往年を思った。とても働き者だったのだろう。

毎日新聞 2008年1月16日 0時02分

 映画や小説などの物語ではほとんど涙を流したことがない冷血漢の私ですが、どうもこういう話には弱いようです。「往年を思う」と言いましょうか、情景が目に浮かんでグッときてしまいます。

   ◇

 そう言えば随分と昔、NHKで、文盲のお婆さんが文字を習うところを取材したドキュメンタリーがありました。戦前は「女に学問は必要ない」と言われて学校に行かせてもらえなかったとか。今から思うと、例え親がそう言ったとしても、実態は、家が貧しかったからなのかもしれませんけどね。

 まぁいずれにしても学校に行けなかったので、このお婆さんは文字が読めませんでした。それが文字が読めるようになり、番組の最後ではカラオケまで歌っていました。最初は文字を覚えた嬉しさからでしょうか、たいへん陽気に歌っていたのですが、途中で涙ぐんでいました。そこで番組は終了です。

 何と言いましょうか、駅名が読めなくて電車にも乗れなかったり、文字が読めないことがバレて恥ずかしい思いをしたりとか、自分をどれだけ惨めに思ったことでしょう。そんなことを勝手に想像してしまい、思わずもらい泣きをしてしまいました。

   ◇

 同じくNHKですが、赤穂浪士を取り上げた番組でも泣いてしまいました。大石内蔵助は切腹の間際まで、討ち入りに参加しなかった他の浪士達の行く末を心配していたそうです。

 これを聞いた時、「忠義」とか「死の覚悟」とか、一般に言われる内蔵助の信念など吹っ飛んでしまい、本当の内蔵助を見たような気がしました。崇高な理念に殉ずることよりも、日常的で健気な優しさと言いましょうか、そういったことを死の間際まで持ち続けていたこと、それに感動したのだと思います。

   ◇

 これは感動の涙ではありませんが、私が高校1年生の時の妙〜な涙です。当時はいつも父の帰りは遅く、夕食は母と妹、そして私の3人でとっていました。女2人に男1人です。その時、つくづく女ってお喋りなんだと実感しました。

 主に妹が学校であったことを話すのですが、それが友達(?)の悪口ばかりです。それを聞いていた母も、「そんなことされたんか!、○○してやり!、××してやり!」と、やり返すことばかり言っていまいした。そんなことが毎日のように続くのです。

 次第に気分が悪くなってきた私は、或る日、とうとう我慢できずに怒鳴ってしまいました、「なんで食事中の会話が人の悪口ばっかりなんだ!」と。もっと家族団らんに相応しい会話であって欲しいという想いからでしょう、何だか悲しくなってきて、怒鳴りながら涙が出てきました。恥ずかしくてスグに居間に引っ込んだのですが、母と妹は呆気に取られ、キョトンとしていました。

 私の恥ずかしい青春の1ページですが、今から思うと、これが家族なのかもしれません。心を許せる空間、だから人の悪口でもバンバン言えるのでしょう。そして家族を愛するとは、そういった、あまり宜しくない部分も含めて全てを愛する、ということなのだと思います。

 こんな感覚からでしょうか。別にお国の為に散華された英霊に優劣をつける訳ではありまえんが、特攻隊の遺書を読んでも、家族への気遣いが感じられるものには涙します。大石内蔵助の件と通じるところがあります。

   ◇

 ここで志賀直哉の「和解」を思い出しました。とは言っても、これを読んだのは漫画家を目指していた頃で、その為には読書が必要と、半ば強制的に読んでいましたので、だた字面を追うだけで、今では全く覚えていません。

 しかし小説の中か、その他の本だったか忘れましたが、志賀直哉が、何か親子の確執が起きそうな時、ただ「そうか」と言うだけで何も起きない、そして日常が続いていく…、そういったものが書きたい、だったかそうあって欲しい、だったか忘れましたが、そんなことを書いていた記憶があり、それだけが頭に残っています。

   ◇

 左巻きの連中は、イラク戦争の時なども、「爆撃の下にいる子供達のことを考えろ!」と言います。そしてそれをスグに善悪とか人道・道徳と結び付けます。しかし私には奇麗事すぎてリアリティがありません。ゲルニカ以降、戦争ってそういうものなんじゃないの?、としか思えないのです。

 確かにお気の毒とは思いますが、親兄弟でも友人でもありませんし、ドラゴンズが優勝すれば共に喜びを分かち合う愛知県民でもありませんし、金メダルを共に喜び合う日本人でもありません。それを同等に感じろ!、などと言われましても、私にはそれは宗教家のお仕事のように思えてしまいます。

 日本の平和主義が「念仏平和主義」とか「9条教」とか言われるのも、そんなことを起点にしているからかもしれません。

 善悪ではなく、人道とか道徳でもなく、また「可哀そう」ということでもなく、善悪を超越した日常への愛着と言いましょうか、人間の弱さも含め、「厳しい世の中で生きていくことの健気さ」とでも言いましょうか、そういったものに私は弱いようです。

 小さい男とも言えそうですが…。

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