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<<   作成日時 : 2007/09/26 19:44   >>

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家族を殺害したナチスのマスコットになった少年、50年後に真実を語る(AFPBB News)2007年09月24日 17:18

-----前略-----
 「The Mascot」と題したその著書は、当時のことをあまりに詳細に記していたため、ナチスのユダヤ人大虐殺(ホロコースト)を調査する当局は当初、この話を信用しなかったが、息子のマークさんが裏付けとなる文書、写真、映画フィルムなどを発掘し、真実であることが証明された
-----後略-----

 ナチスについては神経質で、悪の権化として神格化してしまった欧米ですが、それでも随分と実証主義的ですね。我国での元従軍慰安婦の証言の取り扱いとは全く違います。やはりこれも彼等の伝統なのでしょうか。

 昔に読んだ本のことなのでうろ覚えなのですが、イエスが復活したという仲間の証言に対し、その弟子トマスは中々信じませんでした。確か「実際に会い、貼り付けの際にあけられた掌の穴に自分の指を通すまでは信じない」と言ったとか。

 で、聖書ではその態度を賞賛してたんだっけな…、それとも当たり前のこととしてスルーしてたんだっけ…、その辺になると記憶が無いのですが、いずれにしても「弟子のくせに復活を信じないなんて、それでもイエスの弟子か!」などと非難はしていませんでした。

 一般大衆はともかく、調査する担当者とか学者のような知識人には、こういった知識が伝統として受け継がれているのかもしれません。我国にも「百聞は一見にしかず」ってな諺があるはずなんですけどねぇ…と言っても、60年以上も前のことですから、「一見」はムリか…。

 山本七平氏の「『空気』の研究」には、「感情移入」と「臨在感的把握」という言葉が出てきます。それを戦地売春婦の問題に当てはめると、次の様になります。

 まずは元慰安婦の証言を聞いて同情します。そして真面目で優しい人ほど、聞いているうちに同情し過ぎてしまい、慰安婦と自分の区別がつかなくなり、あたかも自分が旧日本軍から酷い目に遭わされたような感覚になってしまいます。これが「感情移入」です。

 そういえば2年前、尼崎でJR西日本の脱線事故がありましたね。その時、記者会見で讀賣の記者がJR西日本の幹部に罵声を浴びせ、世間の顰蹙を買いました。この記者も、泣き崩れる被害者遺族を取材しているうちに同情し過ぎてしまい、自他の区別が無くなり、こういうことになったのでしょう。真面目で優しい人なんですよ。

 そしてそうなると、旧日本軍に対して「悪」とか「憎しみ」を臨在させてしか把握できなくなります。先程の讀賣の記者からすると、JR西日本がそれにあたります。これが「臨在感的把握」です。

 これは科学的実証とは無関係の「心で感じること」ですから、心や感覚を拘束してしまっています。ですから、臨在感に反する科学的データや資料が出てきても心が受け付けません。逆に、そのようなデータや資料を提起する者に対して、「悪に味方する悪」としか思えなくなってしまいます。こうやって多くの者の心が支配され、正論を述べることができなくなった状態を、山本氏は「空気」の支配と呼んでいます。

 戦前は戦死した兵士などに感情移入し、「鬼畜米英」が臨在感的把握によって絶対化され、それに反することを述べると、自分は安全な所にいるくせに「お国の為に戦っている兵隊さんのことを考えなさい」とか「黙れ!非国民め!」と罵倒され、戦後は戦災を受けた人々に感情移入し、「平和憲法」が臨在感的把握によって絶対化され、それに反することを述べると、イラク戦争などでも、自分は安全な所にいるくせに「ミサイルの下にいる人達のことを考えなさい」とか「黙れ!軍国主義者め!」と罵倒されます。戦前も戦後も思考回路は全く同じですね。また、真面目で優しい人ほどこうなり易いのですから、性質が悪いです。

 最近は、拉致事件によって「水(通常性)」を注され、この「空気」も消えかけています。ただ、現在は拉致被害者に感情移入し、北朝鮮を臨在感的に捉えていること、「悪魔」としていることに、いささか不安はあります。しかし今は強硬姿勢が良いと思っていますので、とりあえず「水」を注すことは控えておきます。

 私自身としては、拉致被害者に感情移入した人道主義よりも、国家主権の侵害との感が強いです。これはどういうことかと言うと、例えば拉致被害者が他の拉致事件に絡んでいたとか、盗みなどの悪事を働いていたとか、もしそんなことがあったら、可哀そうとは思えず、感情移入した人道主義にはなりませんね。しかし私は、もし悪事を働いた者であったとしても、日本人(我々の仲間)なのだから返せ!、という立場です。

 さて、この「空気」ですが、山本氏はイタイイタイ病の裁判を例に挙げています。一々調べるのは面倒なので記憶だけ書きますが、だいたい次のような感じでした。

 イタイイタイ病で苦しむ方々を散々取材した記者たちは、彼等に感情移入し、因果関係が取り沙汰されていたカドミウムを「悪」とか「毒」としてしか把握できなくなっていました。そしてカドミウムを取材しようと、或る研究所に行きます。

 確かそこの研究員は因果関係を否定する立場だったかどうか忘れましたが、「カドミウム自体に毒性は無い」と言って、カドミウムの棒を記者たちに突きつけました。すると記者たちは「おぉ」と声を上げて後ずさりました。そして研究員はそのカドミウムの棒をペロリと舐めて見せたそうです。

 何とも滑稽な話しです。現在では、科学的に因果関係が証明されたのかどうかは、私は知りません。しかし当時の記者たちには、そんな証明の問題ではなく、災いを招く悪い神でしかなかったでしょう。

 カドミウムが私達に災いを起こさないようにお祀りすれば…、ほら、カドミウム神社の出来上がりです。神道と空気は密接に関係している、と言うか、神道そのものではないか、だから何でもかんでも「鰯の頭」になり、我国には八百万の神がおられ、「神国・日本」なのではないかと、そう、私は考えています。

 エ〜、締めの言葉と上手くつながらなくなってきました。面倒になってきましたので、突然ですが、ここで話しをブチ切ります。ゴメンナサイ。

 このAFPの記事を読んで、欧米と我国で同じような「悪」とするにしても、そうなるプロセスや内容は違うのではないか、そしてその違いは多神教と一神教の違いではないか、という気がしました。

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 何も我国の神道を批判し、欧米の実証主義を賛美している訳ではありません。我国には我国の精神文化があり、欧米には欧米の精神文化があるということです。それを明治や戦後に欧米の科学や理論を取り入れ、我国の精神文化を何の検討もすることなく、ただ「迷信」として排除してしまったことに問題があると思っているだけです。

 人骨がバラバラ散らばる遺跡の調査でも、そのまま調査をするのでは気持ち悪いですね。でもお祓いをすれば、普通に科学的な調査ができます。イタイイタイ病の裁判でも、カドミウム神社でも建て、お祓いをしておけば、もっと冷静な審議ができ、それに基いた世論が形成できたと思います。

 ムチャクチャまとまりのない記事ではありますが、もっと自分達の精神文化に基いた社会を作りましょうよ、という想いが、この記事の根底にあることだけは、お察し下さい。

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