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戦前かそれくらいの頃でしょうか、農村ではサラリーマンのことを「勤め人さん」と呼んでいたそうです。これは、自分達が田畑で普通に、先祖伝来の生活を送っているのに対して、学問・勉学など、特別な能力で生活をしている人という、1ランク上の人として、尊敬の念がこもった呼び方だと思います。しかし裏を返せば、自分達と違う、別の生活様式をしている者ということで、村落共同体の仲間、という感覚は薄かったのではないか、とも思います。 それでも勤め人さんは村落共同体の地域に住んでいる訳で、意識としては仕事を「能力・労働力→報酬」と考え、仕事で何かあったら躊躇せずに辞めてしまって、農業に戻り、村落共同体の一員に復帰したことでしょう。また、仕事を「能力・労働力→報酬」と考えていたから、戦前までは、労働力の流動化は欧米並みだったのでしょう。また、会社は簡単に解雇でき、昭和恐慌での大量の失業者の要因の1つではなかったかとも思います。 その頃、都会ではどうだったかと言うと、昔ながらの「丁稚奉公から暖簾分け」の社会システムはありました。これは会社を、寝食を共にする家族・共同体と捉えているということです。「暖簾分け」の代わりに、社会慣行として退職金制度まであり、後に失業者対策として法整備もされたそうです。 それでもやはり、大企業になると大きくなり過ぎて、家族・共同体とは捉えにくくなり、仕事を「能力・労働力→報酬」としか考えられなくなって、労働力の流動化、恐慌での大量の失業者の要因、となったのでしょう。 ウ〜ン。古来より我国には「仕事とは社会への貢献」という考えがあり、企業も労働者もそういった意識はあったと思います。しかしそれよりも、資本主義・自由主義経済の論理の方が勝っていたのでしょう。要するに、農村でも都会でも、「能力・労働力→報酬」という「銭」だけの話で、まだ私達の、精神をも含む「文化・生活」にまで、資本主義が発達していなかった、ということでしょう。 現在の支那の自由主義経済を見ると、拝金主義が横行し、非常に荒々しいものになっています。しかし上記のような目で見ると、このまま資本主義の論理に振り回されて崩壊するのか、それとも彼等なりの文化・生活に資本主義を取り込んでいくのか、そこが問題なのだと思います。 我国では戦後、資本主義が発展してくると、多くの者が都会に集まり、核家族となって、村落共同体が崩壊してしまいました。しかしそれに代わって、会社が共同体となってきました。そして、法律ではなく共同体のルールとして、年功序列や終身雇用制ができてきました。だって就職する時、たとえ正社員でも、雇用契約で「終身雇用」の契約は結んでいないはずです。 これらのシステムは、戦前までの「丁稚奉公から暖簾分け」という共同体としての精神を、大企業にまで適用し、復活させたシステムです。そして労働者を保護する法律も、西洋の人権思想というよりも、終身雇用の思想を基にできていると思っています。だから中々解雇できないのです。要は、資本主義を私達の文化・生活に取り込んでいった、ということです。 私はこんな労働観・歴史観から、米国には米国の、欧州には欧州の、イスラムにはイスラムの、華僑には華僑の、そして我国には我国の、それぞれにそれぞれの倫理・労働観と結び付いた資本主義があると思っています。ですから、昨今よく聞く「新自由主義」というものは、グローバリゼーションとか言って、「銭」とか物質的豊かさのみが論じられ、こういった文化・生活を無視しているようで、私は懐疑的に見ています。と言うより、どちらかと言うと反対の立場です。 ◇ さて、最近では正社員と非正社員の格差が問題となっています。 私としては、区別があって当たり前だと思っています。正社員とは、会社という共同体の一員で、非正社員とは共同体の外の者・部外者、という意味です。国籍に例えると、「日本」という共同体の一員である日本人と、そうではない外国人とを区別するのと同じことです。 非正社員とは、昔で言えば「渡り職人」のようなものです。自分の能力を出来るだけ高く買ってくれるところを渡り歩くから「渡り職人」と言います。ですから会社という共同体の一員にはなれません。給料も、その時の労働市場での相場で決まります。景気が良ければ給料は上がりますし、景気が悪ければ給料は下がります。 それに対して普通の人、正社員は、私の実感としては、景気の良し悪しで、そんなに給料は変わらなかったと思います。ボーナスで調整するくらいなもので、時代によって給料が半分になった、なんてことはないでしょう。バブルの頃にしたって、営業などの歩合制とか能力給は別にして、普通の人の給料はそんなに上がらなかったのではないでしょうか。金遣いが荒かったのも、会社のお金で豪遊していたように思います。それを「社用族」と呼んでいました。 その頃、「フリーター」という言葉があったかどうかは忘れましたが、共同体の一員としての煩わしい「付き合い」や責務が嫌で、そういったものから逃れ、もっと自由でいたいとする人もいました。確かに景気も良く、手取りとしては正社員ともそんなに遜色はなく、その時点での生活レベルは変わらなかったと思います。中には正社員よりも給料が良い、なんて話も聞いた記憶があります(ボケてますから、曖昧な記憶ですけど)。しかしボーナスや退職金、それに年金などの社会保障などを加味すると、生涯収入には開きがあり、当時の私は、将来のことを考えないバカな奴等だと思っていました。 そしてバブルが弾け、非正社員の給料は、労働市場の相場によって下がりました。正社員ですらリストラされる状態ですから、酷いものだったでしょう。 そして景気は回復し、いざなぎ景気を抜く長さだと聞きます。しかし勢いは弱く、政府機関も、まるで腫れ物に触るようにと言いましょうか、真綿で包んで大事に大事に、好況が続くように扱っています。そして小泉政権時代に派遣社員の要件を緩和したとかで、企業は安い労働力を求めて非正社員を雇っています。 ここで、今の正社員・非正社員の格差問題が取り沙汰されています。今では昔と違って、自由を求めたフリーターも、そのほとんどが正社員になりたいそうです。だからと言って、非正社員を正社員並みの待遇にしたら、企業は耐え切れず、非正社員の採用を控えてしまうでしょう。そうすると、現在の非正社員が失業者になってしまいます。そう考えると、派遣社員の要件緩和は、企業の国際競争力強化という面と共に、セーフティ・ネットであったとも言えそうです。 結局のところ、中途半端な好況だから雇用も中途半端なのでしょう。ですからこの問題を考える時、格差是正としてではなく、失業対策として捉えた方が良いような気がします。 それでも…、業績は伸びているのですから、もう少しくらいは給料が上がっても…と思います。しかしそれも、新自由主義のお陰で難しくなったのではないかと勘ぐっています。 会社法が変わって三角合併が出来るようになり、「会社は株主の物」ということがクローズ・アップされるようになりました。「新日鉄vsミタル」や「ブルドック・ソースvsスティール・パートナーズ」の攻防を聞きかじると、企業は乗っ取られない為に、儲けたカネを株主への配当金や待遇にまわし、とても社員にはまわってこないだろうなぁ、などと思ってしまいます。 まぁ或る程度のグローバル化は必要なのでしょう。しかし日本資本主義の根幹、「仕事は社会への貢献であり、企業はその仕事を集約したもの」ということを忘れて欲しくはありません。これを労働基準法とか会社法、或いは憲法に載せてもらえないでしょうか。 おそらく世俗の人間は、こんな条文を「金儲けの免罪符」としてしまい、ただの「建前」となってしまうでしょう。しかし何か問題が起きたり改革を考える時、立ち戻る原点がこの「建前」です。今では「会社は株主の物」とか「能力・労働力→報酬」が原点となってしまっています。こんなのは私達の資本主義の根幹ではありません。ただの拝金主義です。 さて、中段冒頭の「正社員と非正社員の格差」の問題ですが、私には、格差を是正しようと訴えている方達の主張に違和感があります。非正社員の方を、共同体の一員である正社員と同じ待遇にしろと主張しているように聞こえます。 まず、会社が共同体であることを無視しています。これでは共同体が崩壊し、欧米で教会を中心とした共同体が崩壊して犯罪が増えたのと同じ様に、私達の社会が混乱してしまいます。それとその手法が「同じ労働=同じ賃金」では、「能力・労働力→報酬」と同じで、結局は新自由主義の論理であり、労働力市場と捉えていています。「仕事は社会への貢献」という視点を無視しています。最終的には正社員がいなくなり、全員が勤め人さん・渡り職人・非正社員となってしまう主張だと思います。 ←"人気blogランキング"に参加しています。結局のところこの記事では、「正社員と非正社員の格差」について、「どうすべきだ」というものはありませんし、言うほどの知識もありません。しかし失業対策、或いは景気対策の問題だという気はしています。 ただ願望としては、年功序列や終身雇用を残して、その上で効率化をはかってほしいとは思っています。トヨタができているのですから、不可能ではないと思うのですが…。 |
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会社法 2007/07/11 20:14 |
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会社法 2007/07/28 21:36 |
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北方領土の日
Takeshima is Japanese Territory.