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米軍も「慰安婦調達」 それを知ったホンダ議員「旧日本軍は強制」と強調(iza(イザ!):産経新聞社)05/06 00:17 今の時点で、私のこの記事を入れてTBが109、凄い反響ですネェ。 でもこちらのブログ「stay alive for a moment of the death 古森さんの記事の問題点:歪曲なのか過剰な意訳なのか?」によると、この記事の基となったであろう、ネット上でのAP通信では、産経の古森義久氏が言うようには書かれていないそうです。「基となったであろう」としたのは、産経の記事では「AP通信の(5月)4日の報道によると」とありますが、それに該当するのが4月25日の報道だからです。 AP通信の報道については、4月26日に、てっくさんのところで紹介されていました。私も、「やっと占領軍の慰安婦のことを海外のマスコミが報道してくれた」と思い、期待して読んでみました。「読んでみました」と言っても、私は英語が読めないので自動翻訳ですけどね。 だからたいへん読み取りにくかったのですが、それでも、「日本は戦前の性奴隷を、戦後の占領軍にまであてがっていた。なんて酷いことをしやがるんだ!」という印象の記事であるくらいには読み取れました。てっくさんの「うーん、微妙な記事だね」って意味がわかりました。 こんなことがありましたから、古森氏の記事を読んでも、それがてっくさんのところで紹介されていた記事が基とは思いませんでしたが、何となく頭にありまして、少し疑う気持ちがあり、それほど反応しませんでした。 別にこんなことを書いたからって、私が産経の記事に踊らされなかったことを自慢している訳ではありません。どちらかと言うと、私はメディア・リテラシーが無い方です。 小泉前首相の郵政選挙の時も、確かに小泉氏の発言にはインパクトがありましたが、今から思うと、マスコミはいつも反政府ですから、その反政府の意見に、いつものように反対していただけで、結果的に小泉劇場に乗っかってしまっていました。一応、郵政民営化をチャンと理解していないから、「今のところは消極的賛成」とは断っていましたけどね。 人権擁護法案にしても、当初の法案にはマスコミが大反対していましたから、マスコミ嫌いの私は賛成していました。なんせ「報道の自由」とか「メディア・スクラム」を毛嫌いしていましたからね。ネットを始めてからは内容を知り、今では反対しています。 要するに、マスコミやマスコミに煽られた世論に反発しているだけで、天邪鬼なだけです。これではとても、メディア・リテラシーがあるとは言えませんね。 ◇ 最近は「メディア・リテラシー」なんてのをよく聞きますが、果たして日本人にこんな能力が備わるだろうか、と疑問に思っています。 日本人は多神教である神道を根幹に持っていると思っています。それは「鰯の頭も信心から」の世界です。或る事象に対して感情移入してしまい、「悲惨」とか「善」とか「悪」とか、「何か」をその事象に臨在させて把握しようとします。 例えば「戦争」で言うと、人は戦争の惨劇を見せられると、その被害者に感情移入してしまい、そうなると「戦争」に「悲惨」を臨在させてしか把握できなくなってしまいます。これが「鰯の頭も信心から」ということで、「戦争」が「悪魔」となってしまいます。これでは客観的な把握などできません。 海外でも反戦運動はありますが、それでも「非武装」などの、我国ほどのトンデモ説が飛び交わないのは、私達と違う文化、欧米なら一神教の伝統があるからでしょう。しかしいざ、一神教の世界で「鰯の頭も信心から」が起きたら、もうそれに抗することができなくなります。それが「ヒットラーは悪魔」という神話の固定化です。科学的検証すら認められません。 幸い私達の世界は多神教の世界ですから、この世界にはこの世界の制御方法があります。なんせ何でもかんでも「鰯の頭」になるのですから、同じ「戦争」にでも、或る人は「悲惨」を臨在させ、また或る人は「正義」を臨在させ、その結果、私達の世界全体では、中和された世界が保たれます。 また、「鰯の頭」と言っても、それに信心を抱く人もいれば、信心を抱かない、不謹慎な人もいます。そういう人は客観的に「鰯の頭」を把握できますから、「当たり前」のことを「当たり前」に考えられます。そういう人には、信仰心で逆上せ上がった信者に冷水をぶっ掛けて頂きましょう。それで随分と沈静化するはずです。 ただ気を付けたいのは「人の死」です。これに対する感情移入は強烈です。左巻きが憲法改正に反対しているのも、「戦争」即ち「人の死」に強烈に感情移入しているからでしょう。しかも制定から60年も過ぎてますから、かなり強化・固定化もしていると思います。 多くの国民は「鰯の頭(憲法)」から改心できたようですが、いくら冷水をぶっ掛けられても改心しない左巻きもいます。ここは私の満足いくような形でなくても、とりあえず憲法を改正し、「不磨の大典」ではなこと、「ご本尊」ではないことを実証してあげた方が良いような気がしてきました。そうすれば、目を覚ましてくれるのではないかと…。 ただ、憲法教にあまりにも熱心な信者は、改憲されたら、悲観して殉教してしまうのではないかと、少し心配になります。熱心な信者をご存知の方は、気を付けてあげて下さい。 ◇ 何だかゴチャゴチャ書いてしまいました。このままでは、集団的自衛権などの憲法解釈について、表向きは律令国家なのに鎌倉幕府や江戸幕府、しかも鎌倉幕府は将軍の次の地位の執権が政治を行ったなど、憲法解釈ってやり方は我国の伝統ではないか、そしてそれを支える精神構造も、ひょっとしたら「鰯の頭」から解き明かせるかもしれない、それに「統帥権」で破滅寸前まで行ったやり方だから、精神的制御の方法を考える必要がるのではないかとか、妄想が頭の中で飛び交いだしたので、この辺で打ち切りにします。 「思うて学ばざれば則ち殆し」 「思い(妄想)」ばかりが先走って「学」が追いついていません。私は「殆い」状態です。 ◇ エ〜、話をメディア・リテラシーに戻します。 やっぱり感情移入し易い記事・情報には飛びついてしまいますよねぇ。それに各々が夫々に感情移入していれば、日本全体としては中和されると思います。でも、次から次へと出てくる「鰯の頭」に右往左往したくない方、ぶれない芯を持ちたい方、そういう方には、メディア・リテラシーってのが必要なんでしょうね。 でも、身構えて「情報を疑ってかかる」なんて思わなくても、私は気楽に、なるべく多くの情報を眺めるようにしてれば良いと思うんですけどね。そうすれば、「鰯の頭」に対して自分とは違う概念を臨在させている方の意見や、「stay alive for a moment of the death」さんのように、「鰯の頭」に全く信仰心を持たない不謹慎な方の情報に触れることができます。 自分と同じ考えの方の情報や意見は心地良く、楽しいですから、大いに楽しめば良いと思います。でもそればかりではなく、もっと、自分とは違う考えの方の情報や意見にも触れましょう。メディア・リテラシーって、シャッチョコバッて考えなくても、それくらいで良いと思うのですが…。 ←"人気blogランキング"に参加しています。とは言いつつ、未だに本多勝一氏の本を読む勇気はありませんが…。 |
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「戦争」即ち「人の死」に強烈に感情移入
日本人に「メディア・リテラシー」能力が備わるか疑問/「鰯の頭も信心から」の世界/事象に対して感情移入してしまい、「悲惨」とか「善」とか「悪」とか、「何か」をその事象に臨在させて把握/「戦争」即ち「人の死」に強烈に& ...続きを見る |
マスコミ情報操作撃退作戦 メディアリテラ... 2007/05/10 17:50 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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《「戦争」即ち「人の死」に強烈に感情移入》という言葉が印象的です。そうなのですね。歴史上始めて惨敗を喫して、それがトラウマになってしまったのです。でも、そのことに気がつき、立ち直らないと、だらしない国民と烙印を押されてしまいます。それでは、美しくないし、品格にも欠けます。 |
知足 URL 2007/05/10 17:51 |
おはようございます、知足さん。 |
カァ 2007/05/11 06:12 |
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北方領土の日
Takeshima is Japanese Territory.