被害者認定 また広がった拉致の闇(asahi.com) 松本京子さんが拉致被害者と認定されました。これで17人目です。 このことについては、「何で今頃?、もっと早くに認定できなかったのか?」という意見もあるようですが、時期を選んで認定するのは、16人目の田中実さんの時も同じで、確か民間の国際会議の為、北朝鮮の金桂冠外務次官が来日している時だったと思います。 効果的な時期を選んだ北への圧力と諸外国へのアピール、核問題に埋没してしまいそうな拉致事件に対する国内世論の喚起、そんなことを思うと、この時期に17人目の認定というのも良かったのかもしれません。ただ「拉致被害者を駒として使っている」という意見もあって、私も心情的にはこの意見に共感してしまいます。 それと気になるのが、拉致事件が人権問題としてばかり取り上げられることです。 6ヶ国協議が始まった頃は、支那や韓国から「二国間の問題」と言われていました。それをグローバルな人権問題とすることにより世界中からの支持を取り付け、今では「二国間の問題」とは言えなくなってきました。それが北への圧力ともなっているのですから、確かに人権問題としたのは正解だったのかもしれません。 しかし私としては、あまりにも人権問題ばかりを強調することに抵抗を感じています。いったい何処の国の話だ?、「主権侵害」を忘れてないか?、ってことです。作戦として人権問題にしただけであり、日本としての本質はこちらの方で、「仲間を返せ!」って主張をもっとして欲しいように思います。 それともう1点、いや2点かな?、やっとこの朝日の社説への突っ込みです。 「対話、対話」と煩いですねぇ。日本が求めるものは、全ての拉致被害者の返還と事件の全容解明、そして被害者への補償です。おそらく朝日の言う「対話」とは、これらのことを誠実に行ってもらう為に、その交換条件として援助を提起して対話しろってことでしょう。 これは誘拐犯に身代金を払って返してもらうって考え方で、「人の命は地球より重い」と言って日本赤軍のテロに屈したことを思い出します。これは「拉致問題」ではなく「拉致事件」です。交渉事ではありません。「対話」と言うならば北の誠実な対応の中でしか成り立ちません。これの何処に妥協できる余地があると言うのでしょう。 そのように考える私からすると、身代金を払うことを約束したような日朝平壌宣言が不純なものに見えてきます。確かにNPT体制から離脱した北に対して、核を諦めさせる国際法上の根拠としては、日朝平壌宣言や、昨年の6ヶ国協議での共同声明と国連決議しかないのかもしれません。 しかし村山談話を前提とした文言で成り立っており、更に「日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾な問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとることを確認した」って文言から、「今後再び生じることがないよう適切な処置をしました」として「拉致問題は解決済み」と言わせているように思います。 だいたいこれだけ国民が北に対して不信感を抱いているのに、国交正常化はありえないでしょう。やっぱり日朝平壌宣言は破棄すべきです。核問題は米国と支那に何とかさせれば良いのです。 さて、次に突っ込みたいのは「圧力のみで迫っても、北朝鮮が誠実に応じないという冷たい現実がある」ってところです。はて、日本が制裁をしたのは7月のミサイル乱射からではなかったでしょうか。しかも核実験後、これから国際的な制裁が始まろうとするところです。もう結論を出すのですか?。 これまた左巻き特有の時間軸無視のようです。 歴史認識では、現代の価値観、しかも有事の価値観ではなく平時の価値観を当てはめてしか戦時中の日本や過去の歴史を見ることができない新聞社です。時間軸を無視してるから、現在と過去がわからなくなって、このようなことを書いてしまうのでしょう。 こんな奴に歴史を語る資格はありません。 以上が、現在、拉致事件に関して思ってることです。 やっぱり拉致被害者の認定はドンドンやって欲しいですね。それと、被害者やそのご家族がかわいそうですから、あまり駒として使って欲しくありませんね。 ←"人気blogランキング"に参加しています。
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北方領土の日
Takeshima is Japanese Territory.