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help リーダーに追加 RSS 小学校英語の必須化で思うこと

<<   作成日時 : 2006/10/05 11:03   >>

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小学校英語「必修化の必要なし」 伊吹文科相

 何だか1週間も前の記事で、今更って感じがしますが、チョッと気になってたものですから、ブログに残しておきます。

 英語が話せず、日本語も怪しい私が言うのも何ですが、やはり子供の頃は、国語に力をいれた方が良いと思います。バイリンガルの方でも、昔TVで観たのですが、「英語も日本語も話せるけど、考える時は英語で考えている」と言ってました。言語とは、ただの情報伝達手段などではなく、その人の思考をも司るものなんだなぁと思いました。

 ギリシャ語で「ロゴス」ってのがあって、Yahoo!の辞書で調べると、次のようにあります。
ロゴス【(ギリシア)logos】
1 ギリシア語で、言葉・理性の意。
2 古代ギリシア哲学・スコラ哲学で、世界万物を支配する理法・宇宙理性。
3 言葉を通じて表される理性的活動。言語・思想・教説など。
4 キリスト教で、神の言葉の人格化としての神の子イエス=キリスト。

 これを見ると、西洋では、言語とか理性とか理論は、非常に近い関係にあるように思います。それに比べて日本語はどうでしょう。私には同じとは思えないのですが…。

 未だに「言霊信仰」が残り、「差別用語撤廃」などの「言葉狩り」が行われています。どちらかと言えば情緒的で、描写的な気がします。

 ここで思い出したのが、私の尊敬する山本七平氏が「ある異常体験者の偏見」で書いていることです。山本氏によると、「お待ちしております」と言うだけの日本語では戦争はできないそうです。その為に軍隊語ができて、この場合、「小官当地ニテ貴官ノ来訪ヲ待ツ」となるそうです。「この語順が何語に一番近いかは説明するまでもあるまい」とも書いてありました。通常の日本語では、主語や時制が曖昧なこともありますが、それよりも重要なのは、軍隊語の根底にある言語哲学だそうです。

 軍隊を運営し、戦争を遂行するには軍隊語が必要なように、日本社会を運営するには日本語が必要です。それは「英語がわからないから」ではなく、日本語の持つ哲学・思想が、日本社会とリンクしているからです。英語の持つ哲学・思想ではリンクしないのです。

 小学生英語の必須化を推進する者の意見では、「子供の頃の方が、より言語を吸収することができる」というものもあったと思いますが、当たり前の話です。子供にその様な能力があるのは、情報伝達手段としてだけではなく、言語の持つ哲学・思想をも吸収し、その子がその社会に適応する為に備わった機能です。そんな大事な時期に、その子の住む社会ではない、別の社会の哲学・思想を吸収させてどうするのですか。その子がその社会に適応しにくくするか、そんな子を大量生産したら、この社会自体が崩壊してしまいます。

 推進派の意見を偶に聞きますが、大体が、言語を情報伝達手段としか考えていないようで、言語の持つ哲学や思想、そして社会との関係を考えていません。現代人の浅はかな考えを「合理的」とし、推進してきたことが、歴史的に醸成されてきた常識や社会規範を崩し、凶悪化する少年犯罪など、荒廃する社会を生んだのだということに、まだ気が付かないのでしょうか。こんな奴らに教育を語らせること自体、間違いだと思います。

 …っと、ここまで「哲学・思想」などと、堅苦しい言葉を使いましたが、そんな大したことではありません。日々生活していく中で、人は大なり小なり、判断をして生きています。判断するからには判断基準・価値観があるはずで、ここで言う「哲学・思想」とは、その価値観の基になるもののことです。ですから当然、社会規範の基ともなっています。

 例えて言うと…、適切かどうか迷いますが、男女の仲が思い浮かびます。

 西洋の男性はよく「愛している」と言うそうですが、日本の男性はそんなに言いません。この点を女性達は不満に思うようですが、それに対して日本の男性は「言葉だけでしか表現できないなんて、貧しい文化だ」と反論します。

 まず、日本の男性が女性に、特に妻に「愛している」と言う必要があるかどうかの判断があり、その判断を価値観が左右します。「照れくさいから言わない」ってことでしょうが、では何故、照れくさいのでしょう。そこには男女のあり方の価値観があると思います。とすると、社会の中での男女のあり方、世界の中での社会のあり方、最後には世界とはどういうものかという、世界観・宇宙観にも広がります。

 壮大すぎて私には語れませんが、そういった世界観ともリンクする価値観から、照れくさく思うのでしょう。私はそういった、或る世界観を日本人は共有していると思ってます。だから、文化を共有する日本民族なのでしょう。

 方や西洋の男性が「愛している」とよく言う理由について、私は知りませんが、「言わなければ伝わらない」とはよく聞きます。「ロゴス」の文化を持っていると思えば、西洋人が言語をどの様に思っているかが、何となく理解できるような気がします。

 結局は文化の違いで、互いに非難することではありません。文化が言語を作り、言語を体得することによって文化を体得する。そう考えると、日本文化を体得していない小学生に、外来文化を体得させようとするのは、やはり間違いだと思います。

 どうします?、将来、平気で「愛している」と言える男ばかりになったら。女性は喜ぶかもしれませんが、でも、1つの文化が無くなってしまうことになります。

 まぁ週に1・2時間では、そんなことにはならないでしょうが、でも、中途半端に日本文化を崩すことにはなるかもしれません。

 …っと、まぁ、ここまで書いてきたことは、小学校英語の必修化に反対しているブログでは、随分と書かれていることですね。目新しいことでも何でもありません。実を言うと、もう1つ書きたいことがあって、その前振りのつもりでしたが、長くなってしまいました。愚考ですが、もう少しお付き合い下さい。

 結構多くのブログで見かけたのですが、「学校で教わる英語では英語が話せない」として、「英語教育から見直すのが先で、今のまま小学校で必須化しても税金の無駄、だから反対」という意見がありました。

 ウ〜ン、どうなんでしょう。「学校で教わる英語では英語が話せない」という批判は、私が中学・高校の頃には既にありました。あまり皆が言うので、天邪鬼の私などは、「海外旅行をした時、チョッと英語を話すだけの為に学校で勉強すんのか?」などと思っていました。

 まぁ中高生の頃の私の考えは、「三角関数なんて実生活では使わない」ってのと同じで、間違った考え方なのですが、でも、やはり「学校で教わる英語では英語が話せない」という批判には、簡単に頷けません。

 そもそも日本の英語教育は明治から始まったもので(本当?)、その時の目的は、海外の先進文明を取り入れる為でしょう。留学できる者は少なく、基本的には英文で書かれた書物から吸収したのだと思います。そこから、英会話ではなく、文法などを重視した「読む英語」の教育になったのではないでしょうか。そしてその必要性は、日本が世界第2位の経済大国になるまで続いたように思います。(今でも必要なんでしょうけどね)

 まぁ私のこの見方が正しいかどうかはわかりませんが、現在の英語教育を批判するばかりではなく、どうしてこの様な教育になったのかを知って、長所と短所を分析し、それからの対応を考えた方が良いと思います。少なくとも、皆が英語を話せるようにするってことが、教育方針(国家目標?)になるとは思えないのですが…。

 英語を使う職業に就いている方、或いは自分の生き方に取り入れている方って、どれくらいいるんでしょう。三角関数に関して言えば、私は使います。一応エンジニアの部類ですから。でも「三角関数なんて実生活では使わない」って方がほとんどなんでしょうね。

 学校で「○○が出来るようにする」って考えが、何だかミクロな思考に思えてしまいます。勿論、年齢に応じた躾や知識、国語力や数学的思考などを教えることは重要ですが、基本的に学校での教育とは、様々な職業・生き方の選択肢を広げるものであって、皆が英語を話せたり、三角関数を計算できたりすることに拘り過ぎるのも、おかしな気がします。

 学ぶ中から、社会に貢献する、己に合った方向性を見つけ、夫々に必要なものを学んでいき、エンジニアになったり、外交官になったりするのではないでしょうか。国家はそのお手伝いをするだけです。

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コメント(11件)

内 容 ニックネーム/日時
私も英語必修化に反対の立場なのでカァさんがおっしゃることはよく分かります。「愛してる」という表現のくだりは良かったですね。日本語で「愛してる」を連発(!)していると何だか安っぽく聞こえる感じがしてあまり奥ゆかしいとは思えません。日本語に備わっている奥ゆかしさとはそういったところでよく現れるのではないでしょうか。私の彼女にも「愛してる」とか「好きだ」とかあまり言わない私に対し「一度でいいから聞きたい」と遠回しに批判されました。でも、私は安っぽく聞こえてしまうのではと思うので、たまに会ったときにさりげなく恥ずかしげに言います(笑)
かついち
2006/10/05 11:31
英語をなぜ学ぶ必要があるか、問題はそこにあると思います。日本語だけでは国際社会に対応できないということなのでしょうけれども、英語は国際言語になっているから早いうちから覚えさせなければならないということなのでしょうが、そのために日本語の基礎教育を置き去りにしていいという話ではないですよね。英語で表現するために、自分で文章を組み立てて相手に自分の意志を伝えますが、もっとも基礎的な日本語の基礎がしっかりできていなければ英語で表現することは難しくなる。だから英語を必修にするよりも先に日本語の基礎力をつけなければいけないと思います。
かついち
2006/10/05 11:37
「考える力」がしっかりしていないと、仕事も子育ても、社会生活もしっかり出来ないような気がします。また、「考える力」がないと、人に自分の考えをきちんと伝えられません。
「考える力」があっても、コミュニケーション能力がきちんと身についていないと、相手にうまく伝わりません。
「言語」とは、ただ、「話す」だけのものではないと思います。私は、幼い頃に、親に「悲しい」ことを「悲しいんだね。」と言ってもらえなかったために、自分の感情が理解できず、人に説明する事もできなくて…すごく苦労しました。だから、「人格形成」にとって“母国語”というのは非常に大事なのです。
「切れる子ども」というのが最近多いですが…その子ども達が、「言葉で説明する能力」に長けていて、それを聞いてくれる相手がいたら、だいぶ違ってくるのではないでしょうか?
日本の英語教育は、「文法主体」ですが、これも決して悪いものではありません。正しい英語を話せなければ、国際人とはいえないでしょう。
じぇな
2006/10/05 16:45
日本人の方が、アメリカ人よりも文法をきちんと理解しているようです。アメリカ留学した姉が、言っていました。
日本人は、「謙遜」しすぎるだけで、実は英語が上手いです。(と、高校の先生も言っていました。)「話せない」のでなはなくて、「正しく話そう」とするあまり「話さない」のです。
だから、中学からの教育で十分だと思いますね。
じぇな
2006/10/05 16:45
お久しぶりです。
本音で言うと…

どうせ小学生から教えたって大人になったらさっぱり忘れる人が多いから…
それなら日本語をきちんと話せる様に教育しない?

…といった感じでしょうか(汗
cassand
URL
2006/10/05 20:40
評論家の桐島洋子さんは国際結婚されて二人お子さんが居ますが、バイリンガル教育は失敗だったと明言しています。子どもたちはアイデンティティの確立に可哀想なくらい悩んだ、ということを雑誌に書かれていました。
通りすがりの者
2006/10/06 01:19
こんにちは、かついちさん。
人のブログでノロケないで下さいね(笑

>英語は国際言語になっているから早いうちから覚えさせなければならない

 私はこの考えに、何となく疑問を持っています。
 大人になって、国際的に活躍される方もみえるでしょう。国際化が進んだ今、そういった方が増えるのは喜ばしいことです。でも、そんな方ばかりではなく、地元にしっかりと根を下ろし、生活される方もみえます。皆が皆、英語を話せなければならない訳ではありません。
 本文でも書いた様に、学校での教育は、将来の選択肢を広げる為のものです。皆が英語を話せたり、微積分を計算できたりすることを求めるのは、何だか違うような気がします。
 勿論、英語教育のあり方を検討することは、常に行われなければならないと思いますが、何だか「流行に乗り遅れるな」みたいな教育は、あまり良いとは思えないのです。
カァ
2006/10/06 12:27
こんにちは、じぇなさん。
 仰るとおり「考える力」は大切ですね。でも考えるには「引き出し」が必要です。その「引き出し」は日本語であって欲しいですね。バイリンガルの方の中には、「引き出し」が英語の方もみえます。
 コミュニケーションにしても、互いに当たり前のことを当たり前と思う前提・文化が必要です。でないと互いの共通点から探す作業が必要になり、なかなかコミュニケーションが難しくなります。ジェネレーションギャップによる会話の断絶も、当たり前のことを当たり前と思う前提が崩れているからだと思います。そういった前提・文化が崩れているから、「切れる子ども」が増えているのではないかと想像しています。
 又、英語教育ですが、私も英語のママ洋画を観たいと思っていましたが、今ではこんなブログを書いていることもあって、ネットで海外のニュースを「読みたい」という欲求の方が大きくなりました。
 果たして国民に必要な英語とはどんなものでしょうか。少なくとも、「海外旅行をした時にチョッと英語が話せる」なんてものではないはずですよね。
(続く↓)
カァ
2006/10/06 12:29
(続き)
 結局のところ、日本文化を或る程度体得した中学生くらいから、英語を情報伝達手段として勉強すれば良いと思っています。
カァ
2006/10/06 12:31
本当にお久しぶりです、cassandさん。

>どうせ小学生から教えたって大人になったらさっぱり忘れる人が多いから…

ハハ…、身に詰まされます(^_^;
 でもそれは、歪んできたとはいえ、日本文化が日本社会にあるからで、幼い頃に日本文化を体得しているから、後で教えられたものは、使わなければ忘れてるってことのように思います。
 しかし小学生英語の必須化とは、バイリンガルを養成するもので、しかも毎年々々大量に社会に送り込むことです。今まで学校英語を呑み込んでいた日本社会も、果たして耐えられるかどうか…
 たとえ日本語が残ったとしても、日本語の基となる文化が欠落し、怪しい日本語になるのではないかと、心配になります。
カァ
2006/10/06 12:32
こんにちは、通りすがりの者さん。
 実を言うと、本文冒頭のバイリンガルの方の言われた「英語も日本語も話せるけど、考える時は英語で考えている」ってのは、帰国子女がアイデンティティを持てずに苦悩する様を描いた、昔のNHKのドキュメンタリーで言ってたことです。この問題を考える時にはいつも念頭にのぼります。
 帰国子女の苦悩もかわいそうですが、逆に、アイデンティティを持てない者を大量に、しかも毎年々々社会に送り込んだら、いったい日本の社会・共同体はどうなってしまうのかも心配です。
 まぁ週に1・2時間では大したことは無いのかもしれませんが、逆に言えば、教育効果としても大したことは無いとも言えますね。
カァ
2006/10/06 12:33

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