思うて学ばざれば則ち殆し

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<<   作成日時 : 2006/07/29 12:37   >>

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 皇室典範改定問題で万世一系に対して、「神武天皇の存在は証明されていない」とか「継体天皇で別の王朝に変わった」など、様々な意見を聞きます。それに対して私は、「歴史的事実と文化的事実を混同してはいけない」と反論しています。とは言っても、「歴史的事実」とか「文化的事実」とかは、かなり観念的な表現です。ですから、もっと皆さんに私の意見を理解して頂こうと、夫々について考えていました。

 そんな時に出会ったのが、前回の記事でも取り上げた「昭和天皇の研究(山本七平著)」です。これを読むと、「歴史的事実」と「文化的事実」の違いとは、煎じ詰めると歴史と神話の違いのように思えてきました。

 まずは、この本を読む前に、「歴史的事実」と「文化的事実」について、結局はまとめられなかったのですが、私の断片的な考えをダラダラとメモしていましたので、それを少し整理して、箇条書きにしてみます。
  • 歴史とは過去から未来に向かって進むもので、日本の歴史の始点が記紀の世界
  • 記紀は、ギリシャ神話のように死んでしまった神話ではなく、天皇を戴いているのですから生きた神話
    戦後は、記紀をギリシャ神話と同じ扱いをしている。
  • 歴史には多面性があり、それをどの様に解釈するかで歴史認識が決まります。記紀が表す世界自体、それらが編纂された時代の歴史認識から成り立っていると思います。ですから歴史認識が、歴史を神話化しているのではないでしょうか。
  • 歴史認識の変遷が、そのまま日本の思想史
    思想などと言うと、深遠な学問のように受け止められそうですが、私の言う思想とは、「100円拾った、さぁどうすれば良いか」といったような、日常の判断基準の基となっているものです。判断基準は或る価値観から成っており、その価値観は思想から生まれます。そういった誰もが共通して持っている無自覚の思想のことです。
  • 歴史認識(歴史の神話化)とは、先祖とのつながり、つまり過去からのラインで己の生い立ちを知り、現在の自分を規定すること。そして将来の方向性を探るもの。だから将来の方向性を示す為には、各々が神話を解釈していかなければならないのだと思います。

 さて、次は「昭和天皇の研究」の中での「歴史的事実」と「文化的事実」についてです。この本の中では、「歴史的事件」と「歴史的事実」という表現になっています。これは、記紀の解釈で「お上を冒涜した」として、出版法違反で告発された津田左右吉博士の表現で、その時の公判記録からの引用です。
「津田被告 神代史の性質とその精神というお尋ねでありますか。
中西裁判長 そうです。
津田被告 一口に申しますると、神代史は説話であります。説話という言葉の私の使い方は、これは実際あった事柄ではない、話として形作られたものである。そういう意味において説話という言葉を使っております。ですから私が説話と申しまするのは、歴史的事件の記録という言葉の反対の概念であります。(中略)
 私が説話と申しまするのは、それは歴史的事件の記録ではありませぬけれども、いたずらに形作られたものではないのでありまして、その説話に表現せられておる所の思想があるのであります。何らかの思想を表現せられている所に説話の意味があるのであります。この思想が実に歴史的事実なのであります。昔の人がこういう思想を持っておったということ、その思想が一つの事実であります」
(青字:管理人)

 津田博士の言われる「歴史的事件と歴史的事実」の関係は、私の言う「歴史的事実と文化的事実」に酷似しています。全く同じと言っても良いかもしれません。歴史認識にしても、様々な「歴史的事件」から取捨選択して語られるもので、歴史的事件を題材にしながらも、説話的な部分もあると思います。

 歴史学とは、科学的合理性を基に、過去の出来事を探求する学問と認識しています。しかし万世一系を疑う意見は、科学的というよりも啓蒙的だと思います。以前どこかで「日本人は『科学』と『啓蒙』の区別も知らない」と書いた覚えがあるのですが、津田博士のような視点が、真に「科学的」なのだと思います。

 歴史は人が紡ぐもので、人の思想を無視しては歴史は紡げません。そういった思想にまで視野を広げた視点がなければ、現在の自分を規定することも、そして将来の方向性を探り示すことも出来ません。だから「文化的事実」を基にしないと、皇室典範改定問題は解決しないと主張しているのです。

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コメント(9件)

内 容 ニックネーム/日時
確かに、神武天皇の実在が証明されていないからといって、万世一系の伝統を否定することは、日本民族の起源そのものを失うことにもなり、科学的根拠にだけ基づいて皇室典範改正問題を議論したらいけません。
世界中のどこの国にも自分たちの国や民族の誕生の歴史を持ちます。日本はその起源があまりにも古くて歴史か神話か境目が不明瞭になっています。歴史か神話かという議論はそもそも日本においてはなじめない部分であるような気がします。
かついち
2006/07/29 15:50
ただ、歴史的な部分と神話的(文化的)部分は混同してはいけませんね。たとえば神武天皇が実在の天皇でなかったと科学的に証明されたとしても、神話上「神武天皇」という伝説の初代天皇を生み出した古代人の発想は、歴史的観点からではなく、文化的観点から評価されるべきです。何だか脈絡のない文章ですみません。思いついたように書いてしまいました。
かついち
2006/07/29 15:58
こんばんは、かついちさん。

>歴史的な部分と神話的(文化的)部分は混同してはいけませんね

 まさにそのとおりで、戦前は神話を歴史としてきました。だから津田博士のような訴訟が起きたのでしょう。現在では歴史は科学とされています。にも拘らず、未だに神話と歴史を混同し、神武天皇の実在が証明(歴史)されないからと言って万世一系(文化)を否定しようとする者がいます。これは戦前の見方を裏返しただけで、歴史と神話を混同していることは変わりません。
 これは、明治維新で近代化を急ぐあまり、「科学」と「啓蒙」の区別をしてこなかったことが原因ではないかと思っています。次の記事では、科学と啓蒙について書いてみようかな…予定は未定ですが…
カァ
2006/07/29 19:29
かつて昭和天皇は「独白録」の中で戦争の敗因を「精神に重きを置きすぎて科学を忘れたことである」という趣旨のお言葉を述べられたことを思い出しました。陛下がおっしゃる「精神」「科学」は相反するようで実は重要な対極にあるような気がします。精神を重要視することは大事ですが、科学を度外視することは戦争に限らずあらゆる時代の進歩に取り残されてしまうのではないかということを教えてくれているようです。
このトピとずれてしまいましたが、歴史的事実と文化的部分は昭和天皇のおっしゃったような「精神」と「科学」に相通じるものがあるような気がします。
かついち
2006/08/02 08:15
 こんばんは、かついちさん。いつもコメントを寄せて頂き、ありがとうございます。
 「科学と啓蒙」という記事を書いたのですが、かついちさんのコメントにも関連しているような気がして、返事はその記事の中で致しました。
 よろしければそちらをご覧下さい。
カァ
2006/08/02 19:17
すごく興味深いお話ですね♪
「“神武天皇”の存在が照明されていない」といいますが、“伝承”というものは、あながち間違いではない場合が多いようです。
私は、クリスティが好きでよく読むのですが、クリスティの小説に出てくる探偵ミスマープルは、“伝承”や“噂話”の裏に多くの真実が潜んでいることから事件を解決します。

“神武天皇”という名でなかったかもしれないが、それに“近しい人”はいただろうと、私は考えます。その方から始まって…(あるいはその途中から始まって?つまり、その時までに相応の勢力を持った一族がいたと言うことです。)現在の天皇に至るのだと思います。
じぇな
2006/08/04 17:42
“卑弥呼”などもそうです。“卑弥呼”は、出土した「印章」などから、存在が証明されそうですが、“邪馬台国”ならどうでしょうか?
実際、“邪馬台国”という名ではなかったかもしれないが、その位の規模と軍事力の“村”なり、“国”があったと言えると思います。
“日本武尊”も、“伝承”が作り出した人物かもしれませんが、「いなかった」とはいえないはずです。
神話がいまだに息づくほどの歴史を持っている国と言うのも素晴らしいですね♪(^-^)ニコ
じぇな
2006/08/04 17:43
こんばんは、じぇなさん。
 今はどうだか知りませんが、私は小学生か中学生の頃、歴史の授業で、「継体天皇より前の天皇は実在が証明されていない」と教えられました。しかしどう考えても継体天皇が初代なはずがなく、必ず先代はおられます。ということは、必ず初代の天皇がおられるはずです。
 記事中に書いた津田博士によると、記紀には戦争の記述が少なく、民族にとって戦争とは大変重大な出来事で、それが記述されていないということは、多少の紛争はあったとしても、日本という国は、大変平和裏にまとめられた国であったはずだ、としています。その初代を記紀では神武天皇としています。日本武尊の武勇伝にしても、必ずネタがあるはずですね。
 本居宣長だったかどうか忘れましたが、兎に角その類の有名人の子も、記紀について、「支那と日本で神話が違うからと言って、別々の太陽や月がある訳ではない。記紀には奇怪な事が書かれているが、その真理は有識者(自分)に聞かなければ解らない」と言っているそうです。解釈の違いはあるでしょうが、真理を追究する姿勢は津田博士と同じです。
(続く↓)
カァ
2006/08/04 19:40
(続き)
共通の感覚から文化的事実が出来上がり、そして文化的事実が新たな共通の感覚を作っていきます。天皇は神話とつながっていると感じるからこそ、歴代の権力者は天皇を仰いできたのですから、文化的事実を基に歴史的事実を積み重ねてきたとも言えると思います。それを歴史的事実だけを追って「歴史だ」とか「証明されていない」などと言われても、歴史の半分しか見ていないような気がします。

>神話がいまだに息づくほどの歴史を持っている国と言うのも素晴らしいですね

 そう言って下さるじぇなさんのような方に訪問して頂くと、嬉しくなります。それと同じ感覚で、世界最高の科学技術を駆使した原子力発電所を建設する時も、地鎮祭を行う日本。そんな日本が大好きです。
カァ
2006/08/04 19:40

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